薬の服用

薬の服用

薬の服用

なにごとにも認識できなくなって、立ったりすわったり、起こしたり寝かせたり、その一つ一つのどの行為をとっても、そのつど働きかけをしなければなりません。すんなり受け入れてくれることはまずなくなりました。薬の服用もその代表です。朝食後はカプセル剤、錠剤、合わせて一一錠、昼食後は錠剤五錠、夕食後はカプセル剤、錠剤、合わせて八錠を服用します。持病の数に比例して服用する薬の種類も多く量も大量です。混乱期のころまではスムーズに服用していたのですが、末期になってからとてもたいへんになりました。なにしろ薬をのむことも、薬そのものも認識できません。ヨーグルトに混ぜてのませれば、薬だけ回からべつとじょうずに吐き出してしまいます。スイカの種とでも思ってしまうのでしょうか。舌の先で選り分けて、薬だけのみ込もうとしないのです。魚の小骨もこんなにじょうずに選り分けて出してくれたらいいのだけれど、そう都合よくはいきません。さじで一錠ずつ口に入れてあげると、食べ物が入ってきたのだと勘違いしてガリガリかみ始めました。その後、いくら水分を口に含ませても水分だけ飲み込んで、薬はまだ回の中にしっかり残っています。いろいろ試してみましたが、やはり薬をのむということを認識させることが、スムーズにのませるいちばんの近道でした夫響根気よく、ひたすら父が薬を認識してくれるまで相手をします。時間に追われているときには本当にいらいらしてしまいます。父が私のいらだち受け止めてしまうとかえって時間がかかってしまいます。一回分の薬の袋を父の目の前にかざします。「お父さん、薬ですよ」と、次は袋を開封して父の右手の掌にのせてあげます。父はぼ―っとしていて、掌から薬がこぼれそうになります。仕切り直しです。父の掌から薬を受け取って、しばらく間をおいてから同じ働きかけで父に接します。「薬かい、のむのか?」と父が尋ねてきたら、白湯を口に含ませます。飲み込むことを認識させるのです。するとそのあと薬を回の中に入れても比較的かまずにのんでくれるからです。父は掌の薬をやっと口に運びました。すぐ、白湯を口に含ませます。少しずつ何回かに分けて白湯を飲ませます。薬をしつかりのみました。自力でのんだときは、むせたり、かんだりすることはありません。時間がかかっても辛抱強く、父が薬を認識するまで待ちます。結局、それが介護の時短につながるのです。

 

ゎが家の場合もオヤジに薬をのませるのがひと苦労です。食前食後ですから薬の服用は一日六回もあります。そのたびに母は「お父さん、これ薬だから、かんじゃだめだよ」などとオヤジに働きかけます。機嫌のいいときは比較的うまくいきますが、なにかでへそを曲げるともういけません。なだめたりすかしたりおどしたりで、三錠の薬をのますのに何十分もかかります。


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